長崎県神社庁 流鏑馬

流鏑馬【松浦市志佐町 淀姫神社】

流鏑馬5s.jpg 10月26日 淀姫神社例祭の日、大祭・神幸式終了後行われる。正確な年代はわからないが平安時代 第73代堀川天皇の御代、寛治2年(1088年)には行われていたと古い記録にあり、当時 安部宗任 松浦郡司として当地に来た頃より始められたと言われる。

 当時の掟として射手乗馬には無位の者は射ることが出来なかったが、松浦鎮信公時代 明暦3年(1657年)より社人の射手となり明治以降一般の者の射手を認められ現在に至っている。
 又、豊臣秀吉公朝鮮出兵の時、志佐領主 松浦源六純高公の謹願により凱旋報謝のため参拝され甲冑着用にて行われ、毎年旧暦9月26日に代々奉仕された。

 的は、ねむの木(こうかの木)で作り、3ヶ所に立てる。この的は淀姫神社5地区、松山神社6地区より作られ、計11本立てられる。射手は2名にて奉仕するのが本義である。平成6年まで人手不足のため1名の奉仕であったが、現在は旧に復し2名にて奉仕されている。射手は烏帽子・狩衣を着用して、3ヶ所の的を順に射る。

 観客は馬が走るときに起こる的風に当たると無病息災といわれ、老若男女が集まる。放たれた矢を拾うと良い嫁がもらえるといわれ矢に向かって皆が我先に群がる。的木は五穀豊穣のお守りとしてそれぞれの地区に持ち帰り、関係者が頒けて、自宅の神棚に祭り繁栄を祈る。